秋に田舎に行った話。
この3連休。金土日に墓参りを兼ねて田舎へ行った。私の田舎は山形にある。
コロナ禍前以来初めて行ったところもあったのだが、3年を経過すると変化も大きく年月の長さを感じた。
個人的に一番興味深かったのはスマートテレビの導入で親戚の趣味趣向が細分化していたところ。スマートテレビというと、ユーチューブやサブスクなどを見ることが出来るものであるが、ちょうど親戚と呑んだときひたすらむかしのバンド、キャロルだったりハマショーだったりなどを見させられた。
挙句の果てには「おれは若い頃不良になりたかったんだ〜」とか言われたので参ってしまった。まぁネットがテレビまで普及するとこういう事が起こるんだなという点で印象深いことでした。
補足
朝礼の際にはここまでしか話さなかったが正直に言えばスマートテレビは政治的な志向も細分化されるところがある。ただ、これは政治的にセンシティブなところがあるからここでは話さなかった。そういったところも含めてこの話の補足を書きたい。
スマートテレビはざっくりいうとテレビにオンライン機能が付加されたもので、代表例にはAndroid TVなどがある。テレビの中ではAndroidアプリのインストールができる。テレビにインストールできるAndroidアプリに本文に出たユーチューブやサブスクがある。ここでいうサブスクはAbemaTVである。
参ったのがAbemaTVやユーチューブを通して政治的に感化されていたこと。例えば、AbemaTVではひ○ゆきという方がAbemaTV内のチャンネルであるAbemaNewsのニュースショー番組にコメンテーターとして出ている。彼の立ち位置は体制内におけるニヒリズムとシニシズムの表明だが、これに60代の親戚が心酔しておりショックであったのをよく覚えている。また、ユーチューブを通して参○党にはまっており、反ワクチンの思想を持つに至っていたの個人的には仰天した。ただし、ワクチンを打たねばならぬ局面ではワクチンを打っていたので、そこはまだ救いがあった。前者に関しては、社会の格差に絶望した人がはまる考え方であり、スローターダイクの本によれば、そういった思想はいわゆる反逆としての動きみたいなのものもあるからそういうものなのかもしれないなと思った。ただ、親戚のおじさんがひ○ゆきが沖縄を揶揄しスタジオの活動家を揶揄した場面では思想的立ち位置が違ってもファミリーネームは馬鹿にしては決していけないと釘を差しておいたものであった。後者については、運動の形態として興味深いものがあるのでこの話は適当に流しておいたのである。
とはいい、昔の思い出の曲がその瞬間であるかのように明確に広がっていくのは面白い話である。かつて、今の40代以下が若い頃Youtubeにはまり昔の曲を再発見したようなことが世代を超えて起こっている。このような動きがスマートテレビの普及で全世代的になっていくのはこれは大変興味深いものだと感じる。シティ・ポップの再発見のような話が小さい規模であちこちで今後起こっていくことだろう。