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2023年10月9日月曜日

雑記:障害者も加害者になりうるというpostを読んで思ったこと

 https://twitter.com/misa_misaxxx/status/1710711980888297476

この発言は障害者を巡る微妙なところをよく可視化したものだと思いました。

一般社会で普通に暮らしているとなかなかわからないところがありますが、障害者の世界は妬みや僻みが多く見られる一面があります。

吾妻ひでおの「失踪日記2 アル中病棟」の307頁に「貧乏すると 卑屈になるね」という一文があります。障害者は、お金の手持ちの少ないケースが多いです。

Google検索をもとに生成AIのBARDを使って探索したところ、厚生労働省の「平成30年度障害者雇用実態調査」などをもとに次のような回答を寄せています。
  • 平均年収が200~250万前後
  • 大企業の場合は250~350万円前後
だからなのでしょうか。
障害当事者の中には「稼げない障害者のイメージ」に対してコンプレックスを持っている人もいるようです。しかし、それは冒頭のリンクにあるように「加害者に生まれ変わる」ことでしかないと思います。

ここからはあくまで個人の考えですが、上記のように至ってしまう障害当事者には次のような傾向があると考えています。
  1. 金のことばかり考えておりそれがコンプレックスになっている
  2. 健常者と同じように補助なしで暮らせるものと思っている
1.と2.をわけて書きましたが、実際はほぼイコールです。健常者に対する憧れのようなものが彼らにはあり、そこに近づき達成することで、目的が達成されます。努力をしないとみなした同じ障害当事者には差別的言辞を投げかけ、その努力不足と称するものをあげつらう。

その根底には健常者と同じように補助なしでも暮らせるようにありたいという歪んだ欲求が隠れています。哀れなことに彼らはそれに気づいていません。それ故に根深い問題が横たわっているのであります。

「加害者に生まれ変わる人が結局誰よりも弱いんだ。」
冒頭のリンクの中身ですがこれは本当に名言だと思いました。

終わり

2023年1月1日日曜日

雑記:出退勤に聞く音楽

 注:これはスピーチなどでは話していないが傾向としてこういうところであるということである。

出勤時と退勤時で聞く音楽を変えている。

利用しているサービスは、apple musicのサブスクである。これは月額1000円弱を払うことで世界中の音楽を聴くことができる。もちろん、JPOPも対象で一部の非対応の曲以外は聴き放題。サブスクの対象でないものは、CDから取り込むことでローカルに聞くことが可能。

かなり便利である。

このサービスを使うのは通勤時。シチュエーションで使い分けている。

  • 出勤時:ベタでかつ元気が出そうな曲を聞く。こういうときは、昔の定番曲を聞くに限る。具体的な曲名をあげれば恥ずかしくなるが「それが大事」とか「JBOY」だとかがみたいなコテコテの曲が入る。自分の基準で気持ちがあげてさえいければなんでもいいのがポイント。
  • 真夏の出勤時:真夏は朝から過酷である。特に朝から30度ある日は体調を整えていかなければならない。ちょっとでも体調が悪ければ熱中症を起こす。私の友人などは真夏の朝出勤中に熱中症を起こして倒れたものだ。電車の窓と室内の温度差にまた怖いものを感じる。とかく夏は恐ろしい。そういうときは、上げる曲をコミックソングやテクノに軸足を置く。この夏は「J.A.M.の電車で電車でGO!GO!GO!」や「人間大統領」、バブルBなどを聞いた。とにかく狂ったような曲を流さないと猛暑の日はあがっていかないのである。
  • 退勤時:退勤時はバラードなどの少し落ち着いた感じの曲を聞いてテンションを落としていく。
終わり

2022年12月29日木曜日

雑記:鉄道の日を巡る話

 鉄道の日の由来は1872年に日本で最初の鉄道がこの日に新橋と横浜間で開通したことにちなんでいる。

鉄道雑誌の巻号も22年10月となりドコモの読み放題Dマガジンで読むことのできる鉄道ファンでは、鉄道開通から150年間の車両の歴史を取り上げていた。出勤中にスマホで読んだが汽車から貨車まで幅広く興味深いものであったし、その時々で開発される車両のトレンドがあることを確認できた。

展示類も記念展示が多く、首都圏の交通関係の記念館・資料館でもホームページを見る限りでは鉄道150年にちなんだ展示がたくさんあったことがわかった。

私はこの間汐留にある旧新橋停車場の企画展示を見学した。真新しいものはなかったが、展示から初期の鉄道に関する流れを見て、当時の鉄道に対する熱意などを感じた。

8月も終わりに近づき、まもなく9月。季節も秋。秋といえば○○の秋とかいいますが、鉄道も催し物が花盛りの時節なので今年は鉄道イベントも楽しんでいきたいと思っているこの頃であった。

終わり


2022年12月28日水曜日

雑記:健康診断

 きょうは健康診断の話である。
厚生労働省によると毎年9月は職場の健康診断実施強化月間とのことである。

 高校の頃の同級生で友人が健康診断で使う巡回検診車を運転する仕事をしているのだが、今この季節は巡回検診車をあちこちに回していたりするものだ。

 さて、健康診断の歴史ですが明治44(1944)年制定された工場法に健康診断を定期的に行う旨が明記され、それは昭和22(1947)年に施行された労働基準法にも引き継がれたといわれている。

 厚生労働白書の平成26年度版(第1章 我が国における健康をめぐる施策の変遷より)によると当初は結核検診に重点が置かれていたとあった。関連する表を見るととりわけ戦前から戦後間もない頃までの病気の統計には結核による死者が非常に多く、結核との戦いの歴史でもあったことも伺われる。

 戦後暫く経つと、疾病の割合に変化が起きたので、健康診断を含めた保健衛生の目的も変化していったとのことであった。世の中を見ると様々な施策が行われる時期でもある。健康に焦点を当てて色々取り組んでいきたい。

終わり

2022年12月26日月曜日

雑記:東京の雪について

東京の雪についてである。

 歴代の積雪深については1875年から記録が残っており、気象庁のサイトのデータをもとに整理した表によると積雪深が最も深かったのは1883年2月に43センチであった。雪をとっても東京だけで結構積雪は変わってくるところはあるので、もしかしたらそれ以上に積雪深があったところは関東地方でもあったのではないかと思われる。

 最近では8年前の2014年は大変な大雪が2回あった。特に2回目の雪のとき、夕方から降り方が激しくなってほうほうの体で帰ったことを思い出すものだ。その翌朝、私は小さい頃90年代の終わり、当時で60代〜70代であった書道塾の先生が「昔は東京でも膝スッポリ入るくらい雪が降ったものよ」と言っていたことを思い出し、本当にそこまでの雪が降ることってあるんだなと感じたのを覚えている。

 ちょうど梅が咲いていたのとその日が土曜だったので梅を見にその頃住んでいた実家の近所の郷土の森公園へ行こうとしたのだが、歩くのが大変だったのとたどり着いたところで臨時閉園で入れなかったものであった。

今年は雪とか以前に寒い日が多いなぁと思いますが、暦の上ではもう春です。

朝礼のネタとしてはボツにした。

終わり

2022年12月25日日曜日

雑記:北京五輪開催期間中の話

一部を再構成。

 11日(金)の午前、北京オリンピック、スノーボードハーフパイプの決勝が行われ、平野歩夢選手がはじめて金メダルを獲得した。私は掃除をしながらテレビの中継を見ていたが、3回目のときにサブチャンネルのご案内がでたのにはタイミングが悪いなと思うところがあった。途中から視聴し、あとでYoutubeのNHK公式チャンネルにて再確認。

https://twitter.com/JunctionLIVE/status/1491968768247230466
おい
なんというタイミングでサブチャンネル切り替え案内

(自分のツイートの引用) 


 競技結果としては2回目と3回目でトリプルコークフォーティーン・フォーティ(縦3回転横4回転)をオリンピックではじめて決めたということだった。

 土曜の毎日新聞朝刊によると2回目は点が伸びずに、本人にも3回目、横4回転半の新技を導入するか迷いが生じたとのことであった。そこで平野選手は2回目と同じ流れを行い、逆転をしたのですがこの迷いと決断の過程はとても興味深いものがあった。

補足
その朝刊記事は電子版によると下記である。

 興味深いと感じた箇所は次の記述。
 最後のランを前に、迷いが生じた。未公開だった横4回転半の新技を投入するか否かだ。「新しい技をするのはリスクが高すぎる。高さと着地の完成度を高めれば上回れる」

 新しい技をするのはリスクが高いため、精度を上げることで確実さを狙ったということなのだが、この決断をこの状況下で行うのは驚嘆であると思った。同時に、このリスクを無理に取らず最適解の判断力の優れたところは仕事を考える上でも参考になるだろうと記事を見ながら思ったところである。


終わり

2022年12月24日土曜日

雑記:新暦と旧暦

今年色々調べたネタを順次再構成して記載する。

 新暦では正月は1月。しかし旧暦ではまだ正月でない。

 旧暦というものがあり、旧暦はだいたい新暦の1月末から2月はじめを指す。日本を除く東アジア圏では春節などとされ、こちらが本来の正月となっている。日本は明治からグレゴリオ暦、新暦に移行したが、それは1873(明治6)年のことでこの年より日本では新暦が採用された。明治時代の初期までは、日本でも旧暦で正月を祝っていたという。

 国立国会図書館のオンライン資料を参照する限りでは1872(明治5)年12月3日が1873(明治6)年1月1日になったそうで、周知期間が短かった為、当時は混乱したようだ。その後、しばらくは公文書には新暦と旧暦が併記されていたようだが、1910(明治43)年には完全に新暦に表記が統一されたということのようであった。

朝礼で喋る際に使用した補足

その1 旧暦・新暦の併記に関する使用状況
 旧暦から新暦へ移行したあとしばらくは旧暦が併用されたとあるが明治22年の「明治二十二年両暦使用取調書」によると、次のような状況であったという。

 調査結果からは、当該期の年始の祝い方には、以下の四つの類型があることがわかったーー従来からの慣習を踏襲し、旧暦の正月にのみ年始の祝いをする「旧正月型」、新暦の一月一日に年始の祝いをする「新正月型」、新暦と旧暦の正月に二度年始の祝いをする型で、多くの場合、どちらかに重きを置いている「併用型」、新暦や旧暦の元旦に年始の祝いをせず、新暦二月一日を「月遅れの正月」などといって祝いをする「変容型」である。改暦により、人々は生活の改変を余儀なくされていくが、とりわけ農業・漁業関係者にとって新暦はなじみにくいものであった。当時の年始の祝い方からは、人々が単純に新暦を受容するわけでなく、旧暦に愛着を抱きながらも、生活を円滑に営めるように自発的に暦を解釈していく過程なども垣間見えて興味深い。年始を二度祝う、あるいは旧暦正月に近い新暦二月一日を「月遅れの正月」として祝うという、習慣と齟齬をきたさないように工夫した新しい形式の年始の祝い方はその好例といえる。 (下村 364)

 曰く、農村・漁村では馴染みにくいものであって、新暦を円滑に営めるような解釈をしているのが興味深いとされている。この調査の意図に関してはただ新暦を普及させていくだけでなく、従来存在しなかった神社の例祭日や皇室行事にまつわる祝日などが追加されていく中で暦日意識を定着させることを意図していたのではないかと思われる。

その2 旧暦新暦の使用
下村育世「明治改暦後の新旧暦使用―『明治二二年両暦使用取調書』の基礎的研究 ―」”高崎経済大学論集no.60,2018によると、都市部の官職においては比較的早くから新暦が浸透していたが農村や漁村では旧暦が引き続き用いられていたことを明らかにしている。

終わり

2022年12月16日金曜日

雑記:就農の危うさに関して思うところ

この記事の続きの話です。 

技能実習制度見直しへ 有識者会議 制度の存廃や再編含め論点に(NHKニュース)

やはり動きがありました。
以下引用です。
今後の論点として、
▽技能実習制度を存続するか、廃止するか、
▽人手不足の12分野で外国人が働く「特定技能制度」に一本化して再編するのかなどのほか、
▽技能実習生の受け入れを仲介する監理団体の在り方などを含めて検討することを了承しました。
 このような動きで技能実習制度の見直しが行われた場合、その場合の代替は私の考えるところでは障害者、並びに障害者と農業あるいは工場現場との関係性で捉えられることになるでしょう。なぜそう考えるか、それはつぎの2点。

  • 障害者と農業への就労との関係性:これは就農であるが、これは都市と地方を問わず一定の動きとしてすでに成立している
  • 就労継続支援B型事業所:すでに施設外就労という形で取り組みが行われている。施設外就労で加算もあったりなかったりするが実習という形式や法の枠組みとして就労継続支援B型事業所は最低賃金を適用しなくても良いという特徴がある。
技能実習制度が抜本的に変わった場合、最低賃金以下で雇うために上記のスキームを援用・拡大する形で障害者が技能実習生の代わりを担うことになるだろう。その場合あくまで個人の推測だが、障害者の人権保障が難しい事態が生じるのではないかと懸念する。

最後に、こうなるのではないかという発想に至ったのは、障害者の就農が世界史の古代ローマにおけるラティフンディア(世界史の窓)に似ていると思ったからである。

終わり

2022年8月10日水曜日

メモ:ともに暮らすということ

お盆休みなので発達障害と結婚に関して以前ツイッターに書いた話をまとめます。

1.ともに暮らすということの効用と発達障害

発達障害当事者の議論を見ていると、ともに暮らすことを諦めている人がいるようです。

これはとてももったいない話です。

ともに暮らすということは結婚だけでなくパートナーシップや事実婚も入ります。

さて、配偶者やパートナーとともに暮らすと何が変わるかというところですが、いちばんわかりやすいところで言えば、馬力が1から2になることです。馬力という概念は人だけでなく金なども入ります。
この変化はびっくりするほどローリスクです。これは株式投資をするよりリスクが低いです。

自分も一応発達障害と向き合っている身なのですが、自分の考えとしては発達障害者の結婚・事実婚などに関しては無条件で肯定します。おそらく、否定する側は引け目を感じているのかもしれませんがはっきりこの考えは無意味です。ともに暮らす機会があればぜひ暮らしたほうがいいです。

「私なんて人様の迷惑になるかも・・・」
とか思う人も中にはいるかもしれませんが、人間社会は迷惑をかけてかかされる螺旋のようなものであるのでそこは堂々としたほうがいいです。

その上で、結婚や事実婚のあとのことについてですが、結婚をしたということがゴールではないことを認識する必要があります。

結婚やともに生活をはじめることは通過点でしかないです。言い方を変えればその通過点をすぎても学ぶ事がたくさんあります。むしろパートナーや婚約者とともに歩むことでいろんな意味で脳が刺激されます。この刺激を通してまた学びが深まっていくのは実感としてあります。お互いに分かち合い、話し合い、折り合っていくという課程の繰り返しなのですが、これがお互いの感性を豊かにしていきます。そのためにはお互いにリスペクトが求められます。

2.色々見ていくと・・・

そして、どんなに非モテであろうとなかろうと結婚とか出会いとかそういうのは直感みたいなのがあります。古い言い方かもしれないけど直感は大事にしたほうがいいです。必ずターニングポイントっぽいものがあります。私は恋愛に関しては、直感を重視し今結婚しています。

直感というのは、第六感だったりはじめて異性を見たときにビビっと頭の先から足の先まで貫くような感覚だったり、あるいは「この人と私であればそのうち○○な状況になるだろう」みたいな感覚です。結婚したあとに、いろいろあちこち聞いていると意外とこの感覚を受けた人というのはいないもので、私と同じような経験をした人は数人しかいませんでした。かなしぃなぁと思ったものです。

終わり

2022年6月27日月曜日

メモ:判断基準のものさし

この頃、Kindle Unlimitedの購読を再開しました。
再開の理由は3ヶ月99円セールのお知らせがあったからなのですが、これは色々あって1ヶ月無料のみしか適用できませんでした。私の徳がなかっただけですので忘れます。

さて、Kindle Unlimitedでこんな本を見つけ読みました

この本は90年代後半に朝日新聞で連載されたコラムをもとに書かれたもので、インプレス社より復刊したものになります。

青木雄二さんという漫画家がいたという話は知っていて、何気なく読んでみたのですが面白かったです。

どう面白いかというと、マルクス主義というフレームワーク、考え方を自分の中に落とし込んでそれを分析のツール(ものさし)として用いているということです。ネットの評判を見ると、マルクス主義が好きな漫画家といった評が載っているものでしたが、そういう次元ではないように見えました。

先人の考え方を分析のツールとして利用するのは結構難しいものがあって、知識の蓄積が必要です。自分も歴史の中で考えたときにとか言ったりすることがあるんですが、それはせいぜい山川の詳説世界史レベルの話であってそんなに複雑なものは基本使いません。というか自分はまだ確固たる分析のツールが確立していないきらいすらあります。


分析のツールとして使うのはぶっちゃけ、割合普遍的なのであればどんなのでもいいです。それが、青木雄二さんの場合はマルクス主義だったわけです。
ハイエクでもフリードマンでも全く構わないと思います。

ネットの悪いところだなと思うのは分析のツールとして哲学を使って、世の中(世間ともいう)をどう見るかではなく、木を見て森を見ない揚げ足とりが支配的であるということのようにあります。例えば、ある事柄について問題提起をしたとしてそれを行った人の髪の毛が薄いとかいうところにばかりに注目をする話です。
結局の所、お金を稼ぐにしろ何をするにしろ生活をどう行うか、その生活を豊かにする一つの尺度は分析のツールをどう使うかによるので、それを放棄して揚げ足とりをしながら生きるのは生活の手段を放棄しているのと同じです。

終わり

2022年6月19日日曜日

雑記:新聞をくまなく継続的に読んでいるという話

私は毎朝新聞を読んでいます。ただし紙では読まず電子版や紙面ビューアーアプリで読んでいます。かれこれ3年位続けております。

最近はどうか、知りませんが社会人あるいは大学生になると新聞を読めと言われていたものです。新聞を読むということですが私の経験から言うと発達当事者ほど新聞を毎朝見てほしいと思っています。何故か。結論を先に言えば、世の中への視野を一定程度広げるという点で未だに新聞は有効であるからです。新聞には分野ごとに話題を取うページがあります。わかりやすい所で言えばテレビ・ラジオ欄、一面、社会面、経済面などです。深いところを行くと生活面や社会保障に関する話題など多岐にわたります。

新聞の最初のページである一面から最後のページであるテレビ欄(※:新聞によってはテレビ欄がが最後のページでないこともあります)をくまなくざっと確認してほしいです。

新聞を幅広く閲覧することで、物事の視野を広げることができます。
自分の例で言えば、新聞をちゃんと読む前は社会保障や老後資金に関しては興味がありませんでしたが、新聞を読むことで関心を向けることができるようになりました。また、生活や文化・科学・地域にも関心を向けるようになりました。

このように新聞には関心を広げるという点で効果があります。これは実感としてありましたので当事者の方には是非推奨していきたいです。

とはいいつつも、よく「今はネットがある!」という意見を見かけることもあります。確かにネットニュースは新聞では取り上げない専門的な情報もあるので使い方次第では知識を深めることができます。だが、これは基本的な知識があればの話です。よく発達当事者で、情報共有として無料のネットニュースを大量に紹介し意見を記載しているアカウントがありますが、あれは情報の紹介としては本来正しいあり方ではないと思います。

終わり

2022年6月10日金曜日

雑記:佐々木投手と人材育成を読んで

こういう記事がありました。


2022年、完全試合を成し遂げたロッテの佐々木投手に関する論にまつわる話でして、この投手の人材育成がにわかに注目を浴びたものでした。この記事では吉井さん、山口さん、常見さんの3人が人材育成を語っております。

吉井さんは、佐々木投手を始めてみたときに体つきに注目し、佐々木投手がまだ体ができていない成長過程にあったと指摘しています。それを受けて練習を組み立てていったことなども語った上で、若い選手は体ができあがっていない傾向にあることをもとに、一人ひとりに対してオーダーメイドに合わせていくことを提言しています。

山口さんは、自らが取り組んできた柔道でこれまでの競争重視だった潮流が変わりつつあることを実例を交えて紹介し、まずスポーツを楽しいものであることを感じさせて、長い活躍を見据えた動きをするべきと主張している。

常見さんは佐々木投手の完全試合を巡って「成果主義は成長の妨げ」であることを主張した内容の新聞記事があったことに驚きを感じたことを記し、少子化社会においては成果から育成へシフトチェンジを自覚する必要があると提言する。

  • 記事を読んで
佐々木投手の件が論の題材としては提示されておりますが、ここ数年の大学スポーツに目を向けるとかつてのような競争で結果を出す形から活躍をする環境を緻密に整え、卒業後も見据えた育成が増えてきていて、それが結果を出している話の延長のようにも見えます。大きな潮流かはわかりませんが、一つの動きとして理論のない状態での競争の中から勝者を決めるという今までの流れが少子化社会の中で人材の浪費につながるとしてナンセンスであるという流れが出てきているように見えます。

自分は、育成を重視する考え方に賛成です。それはスポーツだけでなく自らの身体的なロジックを理解しないまま成果による活躍だけで先頭にたってもいいことにはならないからです。例えば、活躍しているうちはいいですが、ロジックを理解しないことで自身が凋落していったとき再考することが難しくなります。

芽が出るか出ないかというのは、スポーツをやるとどうしても出てきますが、スポーツを通した自他含めたロジックをしっかり把握できていれば芽が出なくても人格的に陶冶され社会に還元されると思います。

少子高齢化の中で人材を浪費することが許されざる状況になってきたということなんだと思います。

終わり

2022年5月27日金曜日

雑記:国立国会図書館デジタルコレクションを見て再度利用者証を登録

 5月18日に国立国会図書館デジタルコレクションの「個人向けデジタル化資料送信サービス」の提供が始まりました。

これは要するに、自宅のパソコンやスマホからデジタル化された資料や絶版本が見られるサービスになります。平たく言えば電子書籍閲覧サービスであります。これが国会図書館の登録者証があれば誰でも見られるということになります。


このサービスが始まると聞いて、以前登録していた国会図書館の登録者証を探しました。そうしましたら登録者証はありましたが有効期限がとうの昔に切れておりまして改めて登録し直したものでありました。

さて、登録方法についてですがこれまでは国立国会図書館で直接登録と郵送でやり取りする2種類がありました。今回のサービス開始と同時にインターネット上での登録も可能になりました。このネット登録は仮登録と本登録の2種類があり、前者はメールアドレスで行うことができ、本登録は身分証明を添付したファイルを登録時に送信します。確認には5営業日かかるようでした。


私は5営業日も待っていられなかったので、先週の土曜日に登録へ行ってまいりました。

出発前に下調べを行いましたが、現在国立国会図書館は一部の時間帯で予約制を実施しているようです。


朝早くなら登録利用者は入れるということです。私はGWの自転車レンタルの際に痛い目を見たので仮登録をしてそれを本登録にするという体で登録に行きました。

土曜の朝はやく、当日は大雨でしたが奥の新館入り口入ってすぐに登録カウンターで登録作業を行いました。現地まで行けばスムーズに登録が可能で、必要書類も保険証でOKでした。

実際にサービスを使う場合にはNDLオンラインからログインし、「個人向けデジタル化資料送信サービス」の規約に同意する必要があります。その後で、「国会図書館デジタルコレクション」にログインすると利用ができるという流れです。

国会図書館デジタルコレクションのトップページには検索窓がありますが、「図書館・個人送信資料」の項目にチェックを入れて検索すると、このサービスによる資料へアクセスすることができます。

資料の閲覧は、スマホとタブレットとPCで確認してみましたが現状、PCのモニター(20インチくらい)でみるとよく資料を閲覧できるというところです。今回の開放では硬い資料が多いですが、在野の研究者だったりあるいは物好きにしてみると福音なのかなというのが個人的に感じたところです。

それはなぜかということなのですが、国立国会図書館の電子化された書籍の閲覧サービスというは、自由に閲覧できるようにみえますが実は制約が大きいもので、国立国会図書館、公立の図書館双方で時間制限があって、その時間でなにかを見るとなりますと基本的に事前に閲覧予定資料をリストアップしないといけませんでした。自宅からですと時間制限がなくなる、即ち自由に見ることができるので、在野での研究のしやすさは格段に改善されたと思われます。

個人的には、かつて研究していた分野の資料だったり地理関係の資料が結構開放されたので、例えば街の施設の由来だったり、あのとき政治がどう動いていたか、何考えていたのかみたいなのがより明瞭に調べることができるようになったというのが一番うれしいところです。

そこと既存の図書館でもあるような資料と突き合わせていくと色々わかるところがあるのかなというところです。

終わり

2022年4月18日月曜日

雑記:障害者雇用率の対象拡大検討と実態の話


>>厚生労働省は12日、障害者雇用促進法に基づき企業に義務づけている障害者雇用の割合(法定雇用率)の計算方法を見直し、週の労働時間が20時間未満の障害者について、雇用率に算入する方向で検討する考えを明らかにした。

記事によると障害者雇用率の計算方法を見直し、週労働時間20時間未満の障害者について雇用率に参入する方向で検討するとのこと。

記事にありました想定には、労働時間の下限を週10時間とする案が検討されているという。

記事に関して補足すると、週10時間ですがこれは現在、雇用率にはカウントされていないものの補助金の対象になっている。


そして週20〜29時間については精神障害者についてはカウントの特例が一部適用されていて、条件を満たした場合は通常0.5カウントのところ、1でカウントされる状態となっている。


当事者の知り合いに聞いた話によると、週20時間で勤務を行っていると、欠勤などがあった場合にカウント方が変わってくること(勤務時間が足りなかった場合0カウントになる月が発生する)があるようだ。

その話を聞いて思ったのは、現状週30時間勤務が人総的な事情を考慮した上では障害者雇用の最低ラインなのだと思った。勿論施策を打てば20時間かっきりでも対応可能だろう。ただ、30時間あれば、施策を特に打たなくてもバッファの中である程度対応できる。

その上で、個人的な考えとして、週20時間未満でも雇用率へのカウントが仮にできるようになった場合、週20〜29時間勤務の範囲の障害者雇用の労働者も恩恵を受けることができると思われる。

終わり


2022年4月8日金曜日

メモ:当事者を敵視する当事者

https://twitter.com/hkni_n/status/1511508482410749956

個人的にこの見解は鋭いなと思いました。

吾妻ひでおさんの書いた漫画「アル中病棟」にも院内で障害当事者(入院)をバカにする障害当事者(通院)の光景が描かれていたのを思い出しました。これは通院経験した側の個人的な見解ですが、そういう見下しみたいなのは、見える見えない問わずあります。漫画もこの光景について吾妻ひでおさんらしきキャラが「外来患者だな お前もかなりヤバいぞ 青年」と心でつぶやいているわけです。


自分も観察でいろいろ当事者の話を見ていますと、当事者を攻撃する当事者というのはきれいな言い方であれば屈折した、明け透けもなく言えばやばい人が結構います。

ただこういうのは境遇とかルサンチマンだったりとかシニシズムなどがごじゃごじゃに混ざったようなのが多いです。それは当事者のコミュニティでかわされる話でいえば「発達障害の闇」なのかもしれません。しかし観察している限りではそれは発達障害の闇なのではなく本人自身の闇なのではないかなと思うこともあります。

私はそういう事例を見ながら自分がそうならないためにどうするかと考えることが多いです。

考えた上での結論としては、気晴らしだったりこれだったら負けない、自分の世界にインできるような領域があるとまた違うんだろうと思います。

そういう意味合いでは可哀想な感じはします。

終わり

2022年3月21日月曜日

雑記:個人的考えとしての資料の読み方の問題

こういうことを書くと元も子もないのですが
当事者サイドで専門的な資料をちゃんと読めている方がほとんどいません。

なんだかんだ修士までいった身からすると、こういう現状は見てて辛いものがあります。
どういう事例があったかといえば観察している限りでは次の通り。
  • 資料に書いていないことをさもあるかのように主張していた
  • 書かれていることから飛躍した話をしてしまう
大別するとこの2つです。
こういう話は、ゼミの教授は「渋谷駅のハチ公前広場で演説することと同じだ」と言っていたのを思い出します。
いずれも、読み方さえわかっていれば防げる話です。

読み方というのは、個人の考えではありますが、論文や資料に書いていることに言及することであってそこにはどういう内容だったりをざっくり記載することだったりするわけですが、ここの読み方が壊滅的に話にならないケースが当事者サイドには多い。

その上で各個のケースを見て見るならば、1項目については、批判や批評というところの観点かなと考えます。

ただし、それはあくまで論文・資料を見る中で考えていくものであって、一要素を導き出してこれだというのは危険な議論でしかないし、また書いていないことや飛躍した話をしてしまうというのは訓練を受けていないというところになります。
特に、当事者サイドが当事者サイドを批判的に言及するのはかなり難しいところで、とりわけ慎重にロジックで詰めていかなければならないところがあります。

ある種の特性の問題というのはあるのかもしれないけど、そこは抑制した上で見ていかないと適切な資料の検討は難しいように自分は思います。2項目についてになりますが、まぁ1項目と一致するところがあって、例えばある当事者の情報の紹介の仕方が滅茶苦茶であってもそのアンチテーゼ、批判として検討する側も同じくらい滅茶苦茶みたいな状態であります。それを観察している限りでは当事者サイドの語りの限界というものを痛感する次第です。

さすれば専門家の研究を用いながら、慎重に検討し続けるしかないんだろうなぁと自分は今の段階では考えています。そうしますとそれについての語りはどうしても少なくなります。トリガーを外せば、好き勝手に言えるのでしょう。まぁ私はそういうのはやらないですね。

終わり


雑記:仕事の進め方 その4

    • 4回目:業務外にどう時間を作り目標達成へ近づくかを考える
    2回目で1日の時間について記載しました。1日の勤務時間(8時間とします)を除外した残りの時間は16時間、睡眠時間を差し引いた分は9.5時間。その9.5時間には通勤時間や家での時間、果ては休憩時間(2回目の記事について修正しました)も含まれます。さすれば資格取得のための時間をどう確保するかが焦点になってきます。

    会社で働いていると資格取得の必要性が生じる場合もあります。事業場によっては資格取得の支援制度もありますが、これは資格試験の受験料やテキスト代を支援するものが主となっており勉強時間は当たり前ですが、自分で確保する必要があります。

    ある試験を受けたときに経験した話を書きます。
    最初紙のノートで勉強していました。
    しかしながら、試験の成績が伸びませんでこのときは結局落ちました。

    自分はこのとき社会人になってからの勉強方法は、学生時代までとは違うことを痛感しました。
    そのときはこう思ったのですが、正しくはできる人は学生時代であっても効率的に成果を最大化できるやり方をとってきたとのだろうと。そう考えたときに自分はなんと凡人であろうかと感じたものでした。

    話が飛んだので少し戻しますが、学生時代(あるいは独身時代(?))までに行ってきた、時間をかけるだけの勉強方法は20代までの間であれば、それなりに有効性があると感じます。しかしながら30代になったり、所帯持ちになった場合時間をかけるだけの勉強方法はあまり効果的な方法と言えなくなります。あくまで経験からの知見でしかないので個人差はあると思うことは予め書いておきます

    時間だけをかける勉強方法は次の通り
    1. テキストを読む
    2. ノートを紙で取る
    3. それをもとに問題集を解く
    4. 間違えたところを再確認する
    5. 3.に戻る
    2.で時間を食ってしまって、3.と4.に取り組む頃にはかなり疲弊していることがありました。

    色々考えた上で、やり方を変えました。
    1. テキストを読む
    2. ノートをエクセルにとる(非公開で保存)
    3. 通勤時にクラウドにおいたエクセルを参照する
    4. 家にいるときに問題をとく
    5. 間違えたところをエクセルに追加する
    6. 3.に戻る
    通勤時間が少なくとも往復120分はあるので3.は通勤時に行いました。
    問題は基本帰宅時に行い、ルーチンとして1月ほど回しました。

    結果としてはスコアを20以上あげ2度目の受験で合格することができました。

    ここまでが個人の経験ですが、余裕のある範囲で時間を確保・計画し、効率的に利用することが、障害当事者の社会生活でもキャリアアップに際しては求められていると思われます。

    しかしながら、支援者側はそういったスキルをどう身につけるかについて問うことがほとんどありません。個人的にはこのあたりものすごく疑問に思っているところがあり、生活・勤怠が安定したケースについては時間の管理方を当事者側に教示したほうがいいのではないかと思っています。以前から時間管理ができている当事者にはそのようなものは不要でしょう。それは、キャリアアップを行うに際しては時間管理のスキルは非常に重要なところであって、時間管理ができないと知識としてほかがどれだけ優れていても、適切にアウトプットできないからと思います。

    とりあえずこんなところです。

    終わり

    2022年3月5日土曜日

    雑記:5日連続の残業で得た個人的な知見

      実はこの1週間、ずっと残業だった。
      これには事情があって、いつも仕事を一緒に行っている方が欠員の状態になったことが大きい。
      ずっと残業を続ける中でいくつか、得た知見があったので記載したい。
      • いわゆるできる人はすべての効率をよくした上(ショートカットキーではない)で、なおかつ長時間できる人
      よくSNSを見るとショートカットキーができる=仕事ができるという風潮があるがこれは誤りである。それは単に仕事のテクニックである。そのテクニックは仕事の手間を1動作につき数秒短縮させることは可能であるが論理的なものではないため根本的な解決にはならない。
          本当にできる人はまず仕事の方法論が確立されている。確立というのはある仕事の情報を論理的に任意の時間に取り出すために際し正確な手法を知りそれを実践している状態である。任意に正確に情報を取り出す状態を作るのは意外に難しい。
            今自分の中で”確立”に値する状態とは、次の要件を満たすことだと考えている。
            それは第1に事業場内の貸与PCの領域ではクラウド上やローカルフォルダに置かれたファイルを整理整頓し、カテゴリごとに規則的な、例えば数字のような記号で配置された状態を指す。第2に、勤務時間外に行う資格学習の状態をセキュリティの担保されたPCやあるいは紙の文面で管理され、それらの進捗状況が貸与PC上で一定程度進捗状況として判明する状態であること。第3に、それらが社内の目標管理の枠組みで高度にコントロールされている状態を指す。
                  これができてかつ、長時間仕事ができる人が本当にできる人であると思われる。その点で言えば私はまだまだできる人ではないということを痛感した。
                  • 長時間働くということはそれがグダグダあるいは誤った仕事の仕方で長時間働くということではない
                  最初の●で書いたが仕事には任意に正確に情報を取り出す状態が前提としてまず必要である。これができていない状態で長時間勤務をしても得られるところは少ない。

                  障害当事者(特に発達障害)の中には気合と根性で長時間働けという人もいるがそれは本質的には誤りである。バカ正直にそれを取り入れたところでだいたい潰れてしまう。こういう言説は考えが古いか悪意でそう言っているのだと解釈する。

                  個人的な現段階の考えとしてはまず事業場内の勤務時間で自身がどれだけ成果を最大化できるかを意識するのがいいと思う。自身はそういう状況に立たされて効率や情報の整理を意識するようになった。とはいい勤務時間のイメージが掴めない場合もあるかと思う。その場合は1日をまず分で換算しそれを24分割にしてみよう。そうすると、仕事と自らの状況について状況が把握できるようになってくるはずだ。時間を最小単位に分化しその上で自らの1日の流れに落とし込んでいく。その過程の中で、次に成果をあげるには何ができるかについて検討するための材料となるだろう。

                  ただ、通常の場合はそこまで成果を最大化することを考える前に間のとり方などある種の政治に近い話も考慮する。その点は、事業場の空気感もあるので注意したいところだ。
                  • 長時間働くとコンディションが近接してくる
                  あと体調である。
                  ワクチン接種した週だからか知らないがこの1週間は体調があまり安定しなかった。
                  このような状況で残業を連日行って気がついたことがある。それは、勤務が長時間であるほど
                  時間管理を脱するならば身体の管理は絶対条件となるということ。

                  よく障害者雇用で短時間勤務に関する記述がある。今回長時間働いてみて体でわかったが、長時間働くということ自体が、当日のコンディションに非常に左右された結果となるようなのである。例えばB型就労が一般的に9時頃から昼を挟んで15時に終わることや、一般の障害者雇用における週20時間勤務(これは1週間の勤務日で割ると1日4時間である)はコンディションが悪い状態でもある程度のクオリティが出やすい働き方なのだ。これが一般並みの週40時間に近づいてくると、勤務に向けた過ごし方が勤務時のクオリティに出てくる事になる。

                  身体の管理については金銭面の問題等も考えると簡単な話を提示することは難しいところだが、夜間・休日のランニングや家計の範囲内で家庭用トレーニング用品を購入したり、あるいはジムに通う場合は事前に器具の使い方を動画サイトで参照することなどがあげられるだろう。宅トレもいいかもしれない。

                  よくジムに行く当事者もいるようだ。自分も実は結婚前はジムに週2で行っていてコンディションを整える効果はあったし体の燃焼リズムを変える効果はあったのは覚えている。個人の考えで言えば体を維持するほうが主軸かなとは思う。

                  とはいいもっと本質的な話はあってそれは睡眠である。睡眠がしっかりしていないとコンディションは発揮できない。これは残業という局面になると鋭く出てくるので、残業が増える局面では規則正しい生活・適切な取捨選択をいつも以上に心がけたほうがいいと思った。

                  終わり

                                2022年2月18日金曜日

                                雑記:仕事の進め方 その2

                                自身は発達障害の当事者です。

                                ここでは前回からの続きとして簡易マニュアルを作成していった過程と時間配分としての勤務時間を考えます。

                                • 業務の可視化を考える
                                自分はあまり仕事の覚えがよくないところがあります。昨年の春などは全くこれまで手のつけていない仕事を行うことになり、どうしようかと悩みました。ただ正社員であり、日本のメンバーシップ型雇用の枠組みで働いている以上NOの選択肢はありません。

                                これまで障害者雇用の事情や背景を調べる中で、可視化というのが重要なキーワードとして各所で取り上げられていることは知っていたので次のようなリンクを参考にしながら仕事で教わったことをマニュアル化(自分で使う・引き継ぎ後の双方で使うことを想定)することに全力をあげました。


                                21年度の4月から習得(あるいは引き継いだ)した業務は基本的に全て可視化しました。
                                ドキュメント形式で作成し、詳細な本数は覚えていませんが30本以上は作成しました。

                                各工程のドキュメントは大まかな流れとして次の通りです。
                                ○工程の説明
                                ○スクリーンキャプチャを用いた画像の図示
                                ○注意点

                                この3つの構成で各工程のドキュメントを作成しました。大体この構造であれば次回ほぼ問題なく作業ができたのですが、それでもミスが出たりすることがありました。そういうときは、ミスが出た段階でアップデート(更新)を行いました。ミスの回数に従って該当箇所のフォントを変更したりフォントの背景を黄色く染めたりすることでミスの再発を極力減らしました。

                                作成したマニュアルの使用法は2通りが考えられます。
                                1. 該当箇所を印刷しファイルブックに閉じる
                                2. 作業時に都度確認
                                幸いにして今の職場は16インチ以上のモニターが使えるのでノートパソコンか16インチ以上のモニターのどちらかにこのマニュアルを表示させて作業を行っています。それが難しい場合は印刷し、携帯用ファイルブックに閉じ、都度確認するといったことを行っています。

                                いずれにしろこのようにすることである程度の質を担保して仕事に取り組むことができました。
                                • 時間配分としての勤務時間

                                こちらの表を御覧ください。
                                1日の時間は24時間、1440分です。
                                この中から8時間勤務だとするならば、1日の勤務時間は分で算出すると480分です。
                                通勤時間が1時間だとすると往復で2時間、120分になります。
                                家にいる時間は14時間、840分になるわけですが、そのうち寝てる時間を6時間半だとするとこれが390分、残りの活用できる時間は7時間半、450分となります。この時間の中には朝支度をしたりする時間も入っているので、実際のところはもっと少ない時間になるはずです。例として通勤時間60分の場合、朝の時間が90分としたとき、残りの時間は6時間、360分(※実際には休憩時間60分もあるので実際としては5時間、300分)になります。

                                仕事中は、次の次の回で書くことになる資格の勉強はできません。
                                そうすると、家にいるときなどにやることになりますが、その時間も取れない場合は平日に限って言えば電車の中の120分が重要な時間になります。

                                この表をまとめてみて社会人で大学院に通う人は本当にすごい。かなわんと思うようになりました。自分は20代の頃大学院で2年間勉強しましたが、この頃は歳をとったらまた行きたいと思うようになりました。しかしこれには効率と能率を恐ろしく身に着けなければならないということに気がついたものでした。

                                次の回では業務外だけど業務に関係することの話をします。

                                具体的にはQCサークル活動(小集団活動)等の話です。

                                続く


                                2022年2月10日木曜日

                                雑記:朝礼ボツネタ その1

                                 約1ヶ月ほど前に初めて日次の部内朝礼の司会をやりました。

                                朝礼ではその日のネタを話す時間があるのですがその中で当時、春節が近かったことから「日本における旧暦と新暦」に関する話をしました。日本の新暦は明治初期に導入されもうすぐ150年になること、旧暦と新暦はしばらく公文書で併記されたことを話しました。

                                ですが、それ以外に2つのネタをボツにしています。
                                今日はその話をします。
                                • 都バスの日
                                これはこの近い日に都バスの設立日がありましたのでこの話を考えました。
                                歴史の大まかな流れをもとにすれば、民間との並立時代→戦時統制による統合→大枠では今に至る

                                といったところなのですが、経緯が複雑で小難しくなってしまうのでやめました。
                                • オミクロン株の影響
                                これは、当時の新聞の題材をもとに、オミクロン株の当時の特徴や影響を話す予定でした。

                                が、これを話すとそれはそれで重苦しくなるのでやめました。
                                • 個人の感想
                                朝礼で話す話は、当たり障りもないがしかし頭にちょっとだけ残り、ためになるかもしれないところをつくのがよいのかなというのが個人的な感想です。

                                終わり

                                雑記:障害者も加害者になりうるというpostを読んで思ったこと

                                 https://twitter.com/misa_misaxxx/status/1710711980888297476 この発言は障害者を巡る微妙なところをよく可視化したものだと思いました。 一般社会で普通に暮らしているとなかなかわからないところがありますが、障害者の世界は妬み...