- 好きなことばかりやっていた(サークル、オフ会、政治学)
- 20代の発達障害者はやりたいことに打ち込め
朝礼で失敗したネタを供養すると書いたのでこの話を取り上げます。
なぜこんなことをいうかといえば当日朝、マイクが入らないハプニングがありうまく話せなかったからです。
エリザベス2世死去
イギリスのエリザベス2世の死去が日本時間の金曜日早朝、報道されました。NHKプラスのバックナンバーを見ると、金曜日の午前2時半ごろ自然紀行番組の放送中にニュース速報が入り、まもなく臨時ニュースという形で別途スタジオから詳報が伝えられていることがわかりました。次の金曜くらいまでは確認することができます。
イギリスBBCではBBCワールドニュースのオープニングで使用される赤色で彩られた地球儀を模したCGが灰色になっており「News Report」という題名で、喪服のアンカーがバッキンガム宮殿からの発表としてエリザベス2世の死去を報道しておりました。
金曜日の朝刊には間に合いませんでした。朝刊の最終版の締め切りは経済広報センターにある「企業広報の基本」によるならば午前2時ごろとされており、その時間を過ぎていたためです。新聞の詳報は電子版を除くと紙面での報道は金曜日の夕刊からとなっておりました。評伝も含めた詳報は土曜日の朝刊に掲載されていました。新聞各紙による詳報を見る限りではエリザベス2世は1926年に生まれ、1952年に即位、そこから70年もの間治世を行い、ヨーロッパではフランスブルボン王朝のルイ14世(リンクは世界史の窓)の72年に次ぐ統治期間であったとのことでした。
在位中に亡くなったと聞いて、上皇陛下の生前退位のことなどを思い出し、風呂敷をたたむことの難しさを改めて痛感しました。しかしながら、今日、各種記事を読んでいる限り1947年4月21日、当時21歳であった即位前のエリザベス女王が「私の人生、長くても短くても帝国という大きな家族への奉仕にささげます」とラジオでイギリス国民に語りかけたように、まさにそれが生涯であったのだろうと思いました。
個人的に記事を読む限りですごいなぁと思ったのが、変化し続ける王室を体現していたこと、とりわけ1997年のダイアナ妃の交通事故死を受け、イギリス国民の批判を受け王室への支持率が最低に落ち込んだとき、そこから挽回するために積極的に動いたというところでした。「君臨すれども統治せず」というけれども、政治的な嗅覚は凄まじいものがあると思いました。
終わり
第三世界は民族自決権の擁護、経済的自立と世界経済秩序の再編、軍縮の実現などのために国連を中心に活動した。(※)
他方内定取消を違法とした例には、応募書類では在日朝鮮人であることを秘匿し、後にそのことが判明して内定取消となった日立製作所事件(横浜地判昭49.6.19 判時744-29)があり、ここでは、提出書類の虚偽記入は、その内容・程度が重大で信義に欠くものでなければ内定取消は認められないとされた。
https://twitter.com/misa_misaxxx/status/1710711980888297476 この発言は障害者を巡る微妙なところをよく可視化したものだと思いました。 一般社会で普通に暮らしているとなかなかわからないところがありますが、障害者の世界は妬み...