こういう記事がありました。
今日の毎日新聞夕刊(社会面)ですが、ざっくりとした内容はこんな感じです。
- 生まれつき高い知能・優れた能力をもつ「ギフテッド」という子どもたちがいるが学校で孤立するケースが少なくない
- ギフテッドを持つ親のルポ。取材を受けた親は応援隊を設立
私の身近に聞いた話でも似たようなケースというのがあって、やっぱりプログラミングや哲学的なことに対する造詣がすごく深くて、大したものだというところなのですが記事のケースと同じように周りで孤立してしいると聞きました。
さて、ネットの当事者を見ていると、特性を活かすという議論をしばしば見かけます。
特性というのは、偏りだったりこだわりだったりするかと思うところはあるのですが、結局の所どれだけ小さな頃に家族でそのこだわりに対して伴走できたかがものを言うのかなと考えます。
経験で言えば、自分は結構親がこだわりに対して寛大に対応してくれたところがあります。そのこだわりは、歴史だったり政治学、鉄道趣味だったりするのですが、これらは巡り巡って今の仕事に活きているところがあります。
もし、そのこだわりが抑圧されていたとするならば、どこかに鬱屈した物となって残っていたことでしょう。そうではなくちゃんと昇華できたことは折り合うことができたということになるんだと感じています。
ギフテッドの才能を巡る話も、それがこだわりであったとして法秩序に反しない限りはできるだけ伸ばしていくことが成長期にかけては求められるのだと思いました。
終わり
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