2021年12月11日土曜日

雑記:「障害者と挑む」を読んで

 12月の障害者週間(12月3日〜12月9日)の直前に興味深い電子版記事があったので紹介します。

「障害者と挑む」という連載で3回にわけて掲載されています。
詳細は契約して記事を見ていただきたいのですが概略を簡単に振り返り、この記事を見て個人的に考えたことを書きます。


障害者雇用を取り巻く環境はコロナウイルス禍を経て激変。
記事で取り上げられているトヨタ自動車は、これまでの間接業務としての障害者雇用から現場参画に転換したという。記事では、本業に従事する障害者雇用は少ないとあったがこれは実際問題としてそういう状況です。


2回目ではUDタクシーを巡ってトヨタ自動車にとっての苦い経験を振り返りながら当事者が携わることの本質を書いています。


3回目では障害者雇用における雇用率ビジネスに触れて障害者理解とはどういうことかを取り上げています。

  • 連載をみて感じたこと
個人的にこの連載で考える所は2点
  1. 会社の社業に障害者を参画させることで会社としての強さをますことができる
  2. 雇用率ビジネスに外注することでは会社を強くすることができない
1.会社の社業に障害者を参画させることで会社としての強さをますことができる

記事でもありましたが、障害者雇用は雇用率に基づいて取り組みが進んできた歴史があります。その中で大企業は特例子会社を設立して雇用率を満たしてきた現状があります。トヨタ自動車の事例で見ると、2回目の記事にあるように障害者の意見をうまく取り込めなかった実態をUDタクシーの顛末にみることができます。その顛末の反省からトヨタではグループの特例子会社で働く当事者の声を拾い集めることでUDタクシーの改善に繋げたとされています。このことは外部ではなくすでにあるものを利用してダイバーシティあるいは障害者施策に反映させていったという点で非常に重要であります。これは対外的に見れば、ESGやSDGsといった側面でも有効性を持つでしょうし、人権などの状況を鑑みたときに柔軟に対応できるかどうかを問われるというところになります。

2.雇用率ビジネスに外注することでは会社を強くすることができない

3回目の記事には雇用率ビジネスが発展しているという話が取り上げられています。簡単に言うと、農場を経営する会社に障害者雇用を外部委託することで雇用率を満たすという話です。しかしながら、これでは社業に関わることは一切ないので究極的には障害者を社業に置かなくて済むということになります。

このような状況についてトヨタ自動車と比較しながら、障害者理解が「スタートから違う」と各項目で評しています。

個人の考えとしては、記事の趣旨には同意するところがあって結局のところ障害者理解を行い、どの領域でなら仕事を割り振ることができ、そして従事した仕事からその知見を当事者から集めて、企業戦略・経営に生かしていくかという話になると思います。

外注に委託して雇用率を満たすという方向性では、この過程を経ることがないので社会との問題に直面したとき経営課題として取り組まなかった企業として苦労することになるというところになるかと思います。

終わり

2021年12月8日水曜日

雑談:障害者採用に闇はあるのか?

 Twitterで障害者採用の闇と題したツイートがバズっていた。

障害者採用に闇はあるのか。
曰く、「採用したあとにスキルが低いことなどを理由に自主的に退職させる」といったことが闇だと言う。

個人的に経験した限りで、見解を書くならばこの話自体がかなりあちこちから拾い集めて1つに濃縮したような話だと感じた。

140文字という文字制限の中では記載できることも限られてくるところはあるので、直接鵜呑みにはするべきではない。ただし、有期雇用の枠組みが多い雇用の実態を鑑みればある程度は実態を反映したツイートではあるので完全に否定できないところが難しいところだ。以下、有期雇用における障害者の評価の話を経験則やかつて読んだ資料から連想するところでは次の通り。
  • 障害者雇用(有期)で評価の軸になるところ
  1. 勤怠
  2. 仕事量
  3. コミュニケーション
  4. 支援者のレベル
それぞれの項目については別途機会があれば書きたい。

さて、話は採用の闇というところに戻るが、障害者雇用の場合だと「障害者トライアルコース・障害者短時間トライアルコース」というのがあって、いわゆる試用期間に相当する。試用期間は一般的に能力不足による解雇が通常より広く認められるとされている。


したがって、この期間は解雇の自由が広く解される、ゆえに事業者は適性をより見極めることができるとあるのだが、このあたりで解雇だったり契約不更新を闇と表現しているのではないかと個人的には読んでて感じる所はあった。

「自主的に」というのは「自主的に」行わせないとなかなか法的な難しさというのはあって、これは障害者に限らず全般的な傾向である。ただ「自主的に」が問われるのは契約更新の有無だったりその間での評価ではあるのだが、いずれにしろバズったツイートではどの事例、どの側面が闇なのかがよくわからない。自分が考えるところではおそらく次の3つあたりかなと考えたといったところだ。
  1. 評価の軸でひっかかったところがあった
  2. 試用期間における自主退職・解雇
  3. 契約更新の有無
とはいっても、この3つも結局適正な法的枠組みの中で起こる話なので闇という言葉自体ではなく実態をおぼろげでなくしっかりと伝えるほうがよりよい障害者の職業生活へのヒントになるのではと考える。

終わり

2021年11月24日水曜日

メモ:在宅時と出勤時の歩数について

最近、スマートウォッチを買いました。

ウォーキング大会に際して、パソコンでちまちま入力するよりもスマートウォッチで計測した値を無線連携で処理したほうが速いのが購入した理由になります。

スマートウォッチの機能自体は非常に多岐にわたっており実際に使ってみると驚きました。把握している機能としては次の通り。
  • スマホ通知
  • 音楽連携
  • 睡眠リズムの計測
  • 酸素濃度測定
  • 歩数
  • 座り過ぎ通知
  • ワークアウト
  • スマホを介したアプリ連携
などなど

これだけついて安価なものであれば5000円から購入できるのはすごいですね。

さて、今回は在宅勤務時と普通の出社時でどれだけ歩数の違いがあるかについて紹介しながら在宅勤務の話を考えてみます。下記は、自身が在宅勤務のときと普通の出社時にどれくらい歩いたかを記載したものです。
  • 在宅時:1484歩
  • 出勤時:9246歩
1日ずつ取り上げたものなので一概には言えませんが、自分の場合約6倍の差があることが歩数記録でわかりました。

新聞の電子版などを見ますと「在宅勤務」では運動不足が起こりやすいと言います。
具体的な記事で言えば簡単に調べただけでもこのような記事がありました。



実際に計測するまで自分はあまり関心がありませんでしたが、歩数の計測やここでは具体的には書きませんが健康診断における体重の増加などを見ると、在宅勤務を受けた生活習慣の変化を実感したものです。

ウォーキング大会は大会なので終わりが来ますが、スマートウォッチによる計測は引き続き続け、体調管理の指針にしていきたいと考えています。

終わり

2021年9月8日水曜日

派遣を行う子会社の特例子会社化

 こういう記事がありました。

要するに、親会社の子会社で人材派遣などを中心に行っている東急リバブルスタッフ株式会社が特例子会社の認定を受けたという話なのですが、興味深い記事であったので少し調べてみました。するとJEEDの啓蒙雑誌である働く広場に紹介事例として取り上げられていたのを確認しました。


20頁〜24頁
該当箇所からざっくり見ると次のようなところでした。
模範事例といった形で取り上げられていました。
  • 業務支援を中心にした仕事内容
  • サポート体制の整備
2年後、21年3月号にはリーダーズトークのコーナーに障害者雇用の状況について言及がありました。これを見るとなぜ既存の子会社を特例子会社化したかという背景が見えてくるように感じます。文章を確認したところ、概ねこんなところではないかと思いましたのでざっくりまとめました。
  • 業務のAIやIT化に際して障害者の長所をどういかすかという問題
  • 障害者雇用のチャレンジの幅を広げたい。
  • サポート体制のシステム化
1点目のAI・IT化については言葉を変えればDXとも言いますが、これが進んでいる中で今までだったら求められるようになってきている。そこにどう対応するかスキルを習得させていくか、21年3月号の該当の記事には量より質であるという話がありましたが、たしかにそうで色々とネットの障害当事者の話を閲覧する限りでは、ある程度整っている会社であれば内製化していったほうがトータルの費用は安くなるのかなというところは考えるところがあります。2点目については、ここは完全な推測になってしまいますが、業務支援で身につけた仕事を様々な評価を経てグループ内の会社に派遣(参考1)し、活躍することを通して、将来的にはグループ内の会社の社員として完全な定着をさせていくことを狙いにあるのかなと感じました。グループ内適用(参考2)を実施しているのであればそのような運用も不可能ではないでしょう。ここについては完全に自分の勝手な考えではありますのでご容赦ください。3つ目はこのようなものはサポート体制が属人化するところがあって、システム化することで安定した運用を目指す意図があるように見えました。

  • リンクによれば派遣労働者の障害者雇用の場合派遣元事業主に雇用義務が課せられるという。

終わり

2021年8月26日木曜日

パラリンピックの開幕

東京オリンピックが終わり約2週間。
今週、パラリンピックが開幕しました。

障害当事者でもあるのでこの話題について、少し触れておきます。


新聞にはパラリンピックの歴史について取り上げられていました。
それによると歴史的流れは次の通り
  • 1948年:イギリスの病院で障害者によるアーチェリー大会が開催
    • ストーク・マンデビル病院 ルートヴィヒ・グッドマン医師
  • 1960年:五輪開催後のローマで開催。第1回パラリンピックとされる
  • 1964年:五輪開催後の東京でパラリンピック開催。「パラリンピック」の愛称を用いる
    • 「パラブレシア(下半身のまひ)」と「オリンピック」をあわせた造語
  • 1988年:ソウルパラリンピックよりIOCは正式に「パラリンピック」の名称を認定
    • 「パラレル(並行した)」「オリンピック」という意を持つように
  • 1989年:国際パラリンピック委員会(IPC)が創設
  • 2000年:IOCとIPCは五輪開催国にパラリンピック開催を義務付け
競技は障害の程度によってクラス分けされるという。この辺は自分はよく知らなかったので記事を読んで勉強になったが、曰く「まずTかFか」で分類され、その次に障害の種類で1〜6に区分けしさらに障害の程度で数字を分類するという。

近年は、障害者の祭典としての性格だけでなく、最新技術のショーケースのような側面を持っているとされ、焦点は当たりづらいですが、奥の深い事情を持っていることがわかる。

今回は開会式が話題になったが、64年の開会式の様子については次の記事で取り上げられている。


それによると、開幕式は五輪の2週間後の11月8日。東京・代々木公園陸上競技場だったという。行進のときに流れた曲は「上を向いて歩こう」だったという。なんでも寄付金を募ったり、チャリティコンサートを開いたりした経緯があったという。この点は読んでて興味深いものだった。

その他当日の様子が様々書かれているので興味があれば有料登録となるが閲覧が可能である。

終わり

2021年8月19日木曜日

論文の読み方などについて

就労の話ではないのですが、最近新聞を賑わせた差別発言に関係して、色々見ていたら興味深い書き込みがSNS上にあったので紹介します。

なぜ、科学的であることをウリにするYouTuberの論文紹介の方が、専門家のそれよりも多くの人に信用されるのかというと
「いくつもの実験条件を満たした場合にだけその実験結果になる」と専門家は言うのに対し、YouTuberは実験条件の細部に言及せず、いつでも成立する法則であるかのように断定するから
これは興味深いなと思いました。
と、同時に論文の読み方を巡る話だと感じました。

なぜそう思ったかについてですが論文の読み方一つをとっても大学などの高等教育における教え方には違いがあるからです。私の個人的な経験からその話をします。論拠などはなく学生時代に受けたカリキュラムに基づいた経験的な話であることを予め明記しておきます。その上ではじめにまとめを記載し個別に詳細を書いていきます。
  • 学部時代に執筆する卒業論文は1〜2万字を「書く」ことに重点が置かれていた
  • 修士時代に執筆する修士論文は「先行研究」をレビューし事例を調査しその結果を考察する「論文」としての作法を学ぶことに重点が置かれていた
  • 冒頭で示したツイートを例にするならば前者は論文の作法に基づいたものであるが後者は論証をする上で最低限の条件しか明示していないといえる
各項目の話をします。
  • 学部時代に執筆する卒業論文は1〜2万字を「書く」ことに重点が置かれていた
学部時代卒業論文というものを執筆しました。もちろんそこに至るまでには概論、専門教科、ゼミなどがあるわけですが卒業論文の前段階のゼミで、なにか主張することとその論拠の正しい示し方について教育されます。その教育に基づいて、卒業論文を執筆するのですが、基本的には1〜2万字を「書く」ことに重点が置かれています。作法も大まかなところは担当教授の指導が入るのですが、この段階では「書く」ことのほうが重要視されていました。作法云々というよりは書くという経験を通して長文を書くということはどういうことかを身に着けるということであって、このスキル自体は社会人あるいは労働者として働くに際して重要な経験になるわけです。
  • 修士時代に執筆する修士論文は「先行研究」をレビューし事例を調査しその結果を考察する「論文」としての作法を学ぶことに重点が置かれていた
修士課程になると論文に対する考え方が変わります。学部時代では「書く」ことに重点が置かれていた論文の執筆が修士になると論文の作法を緻密にレクチャーされることになります。例えば、脚注や引用の仕方であったり、「先行研究」のレビューを行いそこから判明していないことを見つけ、調査を行いその結果新たに何がわかったかわからないかを書くといったところになります。

修士を修了して○年たちますが未だにこれは苦労するところがあります。
  • 冒頭で示したツイートを例にするならば前者は論文の作法に基づいたものであるが後者は論証をする上で最低限の条件しか明示していないといえる
冒頭、紹介したツイートに話を戻します。
このツイートはおそらく論文の読み方に関する話だと思います。読んでみて、前者については修士以上の人であれば納得があると思います。論文を書く際に必要な研究のレビュー・調査・考察に基づいた話し方でわかりにくさもあるが学術的です。一方で後者についてはわかりやすいですが、論証をする上で最低限の条件しか明示していないといえます。

動画などのリッチコンテンツはどうしてもわかりやすさが求められるので、いろいろなところをはしょったり、竹を割ったような物の言い方をしがちではありますがそれゆえ危うさもあります。「地球は丸い」といった普遍的な事実であれば竹を割ったような言い方でも問題はないかと思いますが、最新の研究や海外の研究を参照するときは、断言をするのはよくないと個人的には思います。知識を適切に紹介するというのはかなり高度なスキルが求められるのではないかと感じました。

終わり

2021年8月7日土曜日

発達障害と強みを活かす

こういう記事がありました。
この記事に対する評は短めに行います。


読売新聞の記事で、発達障害の特性がIT業界で活かされていることがデジタルハーツプラスの事例と、IT特化型就労移行支援事業所「Neuro Dive」の事例で紹介されています。

発達障害の特性を仕事で活かすための説明の画像もあるのですが、それによりますと特性をストレートに捉えるのではなくて見方を変えるというところがポイントになってくるというところです。

身も蓋もない、だからなんだという話なのですが、細かい事例はJEEDのレファレンスサービスにあったりするものなのでより細かく知りたい場合はそちらをあたるとよいかなぁというところ。


終わり

雑記:障害者も加害者になりうるというpostを読んで思ったこと

 https://twitter.com/misa_misaxxx/status/1710711980888297476 この発言は障害者を巡る微妙なところをよく可視化したものだと思いました。 一般社会で普通に暮らしているとなかなかわからないところがありますが、障害者の世界は妬み...