- 平均年収が200~250万前後
- 大企業の場合は250~350万円前後
- 金のことばかり考えておりそれがコンプレックスになっている
- 健常者と同じように補助なしで暮らせるものと思っている
秋に田舎に行った話。
この3連休。金土日に墓参りを兼ねて田舎へ行った。私の田舎は山形にある。
コロナ禍前以来初めて行ったところもあったのだが、3年を経過すると変化も大きく年月の長さを感じた。
個人的に一番興味深かったのはスマートテレビの導入で親戚の趣味趣向が細分化していたところ。スマートテレビというと、ユーチューブやサブスクなどを見ることが出来るものであるが、ちょうど親戚と呑んだときひたすらむかしのバンド、キャロルだったりハマショーだったりなどを見させられた。
挙句の果てには「おれは若い頃不良になりたかったんだ〜」とか言われたので参ってしまった。まぁネットがテレビまで普及するとこういう事が起こるんだなという点で印象深いことでした。
補足
朝礼の際にはここまでしか話さなかったが正直に言えばスマートテレビは政治的な志向も細分化されるところがある。ただ、これは政治的にセンシティブなところがあるからここでは話さなかった。そういったところも含めてこの話の補足を書きたい。
スマートテレビはざっくりいうとテレビにオンライン機能が付加されたもので、代表例にはAndroid TVなどがある。テレビの中ではAndroidアプリのインストールができる。テレビにインストールできるAndroidアプリに本文に出たユーチューブやサブスクがある。ここでいうサブスクはAbemaTVである。
参ったのがAbemaTVやユーチューブを通して政治的に感化されていたこと。例えば、AbemaTVではひ○ゆきという方がAbemaTV内のチャンネルであるAbemaNewsのニュースショー番組にコメンテーターとして出ている。彼の立ち位置は体制内におけるニヒリズムとシニシズムの表明だが、これに60代の親戚が心酔しておりショックであったのをよく覚えている。また、ユーチューブを通して参○党にはまっており、反ワクチンの思想を持つに至っていたの個人的には仰天した。ただし、ワクチンを打たねばならぬ局面ではワクチンを打っていたので、そこはまだ救いがあった。前者に関しては、社会の格差に絶望した人がはまる考え方であり、スローターダイクの本によれば、そういった思想はいわゆる反逆としての動きみたいなのものもあるからそういうものなのかもしれないなと思った。ただ、親戚のおじさんがひ○ゆきが沖縄を揶揄しスタジオの活動家を揶揄した場面では思想的立ち位置が違ってもファミリーネームは馬鹿にしては決していけないと釘を差しておいたものであった。後者については、運動の形態として興味深いものがあるのでこの話は適当に流しておいたのである。
とはいい、昔の思い出の曲がその瞬間であるかのように明確に広がっていくのは面白い話である。かつて、今の40代以下が若い頃Youtubeにはまり昔の曲を再発見したようなことが世代を超えて起こっている。このような動きがスマートテレビの普及で全世代的になっていくのはこれは大変興味深いものだと感じる。シティ・ポップの再発見のような話が小さい規模であちこちで今後起こっていくことだろう。
鉄道雑誌の巻号も22年10月となりドコモの読み放題Dマガジンで読むことのできる鉄道ファンでは、鉄道開通から150年間の車両の歴史を取り上げていた。出勤中にスマホで読んだが汽車から貨車まで幅広く興味深いものであったし、その時々で開発される車両のトレンドがあることを確認できた。
展示類も記念展示が多く、首都圏の交通関係の記念館・資料館でもホームページを見る限りでは鉄道150年にちなんだ展示がたくさんあったことがわかった。
私はこの間汐留にある旧新橋停車場の企画展示を見学した。真新しいものはなかったが、展示から初期の鉄道に関する流れを見て、当時の鉄道に対する熱意などを感じた。
8月も終わりに近づき、まもなく9月。季節も秋。秋といえば○○の秋とかいいますが、鉄道も催し物が花盛りの時節なので今年は鉄道イベントも楽しんでいきたいと思っているこの頃であった。
終わり
今年は雪とか以前に寒い日が多いなぁと思いますが、暦の上ではもう春です。
おいなんというタイミングでサブチャンネル切り替え案内
(自分のツイートの引用)
最後のランを前に、迷いが生じた。未公開だった横4回転半の新技を投入するか否かだ。「新しい技をするのはリスクが高すぎる。高さと着地の完成度を高めれば上回れる」
新しい技をするのはリスクが高いため、精度を上げることで確実さを狙ったということなのだが、この決断をこの状況下で行うのは驚嘆であると思った。同時に、このリスクを無理に取らず最適解の判断力の優れたところは仕事を考える上でも参考になるだろうと記事を見ながら思ったところである。
調査結果からは、当該期の年始の祝い方には、以下の四つの類型があることがわかったーー従来からの慣習を踏襲し、旧暦の正月にのみ年始の祝いをする「旧正月型」、新暦の一月一日に年始の祝いをする「新正月型」、新暦と旧暦の正月に二度年始の祝いをする型で、多くの場合、どちらかに重きを置いている「併用型」、新暦や旧暦の元旦に年始の祝いをせず、新暦二月一日を「月遅れの正月」などといって祝いをする「変容型」である。改暦により、人々は生活の改変を余儀なくされていくが、とりわけ農業・漁業関係者にとって新暦はなじみにくいものであった。当時の年始の祝い方からは、人々が単純に新暦を受容するわけでなく、旧暦に愛着を抱きながらも、生活を円滑に営めるように自発的に暦を解釈していく過程なども垣間見えて興味深い。年始を二度祝う、あるいは旧暦正月に近い新暦二月一日を「月遅れの正月」として祝うという、習慣と齟齬をきたさないように工夫した新しい形式の年始の祝い方はその好例といえる。 (下村 364)
今後の論点として、▽技能実習制度を存続するか、廃止するか、▽人手不足の12分野で外国人が働く「特定技能制度」に一本化して再編するのかなどのほか、▽技能実習生の受け入れを仲介する監理団体の在り方などを含めて検討することを了承しました。
朝礼で失敗したネタを供養すると書いたのでこの話を取り上げます。
なぜこんなことをいうかといえば当日朝、マイクが入らないハプニングがありうまく話せなかったからです。
エリザベス2世死去
イギリスのエリザベス2世の死去が日本時間の金曜日早朝、報道されました。NHKプラスのバックナンバーを見ると、金曜日の午前2時半ごろ自然紀行番組の放送中にニュース速報が入り、まもなく臨時ニュースという形で別途スタジオから詳報が伝えられていることがわかりました。次の金曜くらいまでは確認することができます。
イギリスBBCではBBCワールドニュースのオープニングで使用される赤色で彩られた地球儀を模したCGが灰色になっており「News Report」という題名で、喪服のアンカーがバッキンガム宮殿からの発表としてエリザベス2世の死去を報道しておりました。
金曜日の朝刊には間に合いませんでした。朝刊の最終版の締め切りは経済広報センターにある「企業広報の基本」によるならば午前2時ごろとされており、その時間を過ぎていたためです。新聞の詳報は電子版を除くと紙面での報道は金曜日の夕刊からとなっておりました。評伝も含めた詳報は土曜日の朝刊に掲載されていました。新聞各紙による詳報を見る限りではエリザベス2世は1926年に生まれ、1952年に即位、そこから70年もの間治世を行い、ヨーロッパではフランスブルボン王朝のルイ14世(リンクは世界史の窓)の72年に次ぐ統治期間であったとのことでした。
在位中に亡くなったと聞いて、上皇陛下の生前退位のことなどを思い出し、風呂敷をたたむことの難しさを改めて痛感しました。しかしながら、今日、各種記事を読んでいる限り1947年4月21日、当時21歳であった即位前のエリザベス女王が「私の人生、長くても短くても帝国という大きな家族への奉仕にささげます」とラジオでイギリス国民に語りかけたように、まさにそれが生涯であったのだろうと思いました。
個人的に記事を読む限りですごいなぁと思ったのが、変化し続ける王室を体現していたこと、とりわけ1997年のダイアナ妃の交通事故死を受け、イギリス国民の批判を受け王室への支持率が最低に落ち込んだとき、そこから挽回するために積極的に動いたというところでした。「君臨すれども統治せず」というけれども、政治的な嗅覚は凄まじいものがあると思いました。
終わり
第三世界は民族自決権の擁護、経済的自立と世界経済秩序の再編、軍縮の実現などのために国連を中心に活動した。(※)
他方内定取消を違法とした例には、応募書類では在日朝鮮人であることを秘匿し、後にそのことが判明して内定取消となった日立製作所事件(横浜地判昭49.6.19 判時744-29)があり、ここでは、提出書類の虚偽記入は、その内容・程度が重大で信義に欠くものでなければ内定取消は認められないとされた。
https://twitter.com/misa_misaxxx/status/1710711980888297476 この発言は障害者を巡る微妙なところをよく可視化したものだと思いました。 一般社会で普通に暮らしているとなかなかわからないところがありますが、障害者の世界は妬み...